【論文メモ】貨幣の起源と貨幣の未来
Bitcoin/ブロックチェーンの研究を進めていくにあたり、そもそも「お金」とは一体全体何であるか、ということが気になってきた。そこで、畑違いではあるが、経済学、貨幣論に関する論文を読んでみた。
論文情報
- 貨幣の起源と貨幣の未来
- 古川顕(甲南大学)
- 甲南経済学論集第59巻第3・4号
- 2019年3月
内容
はじめに
- 貨幣の起源に関しての代表的見解について検討する
- 最古の議論はアリストテレスによる「社会契約説」
- その後、ジョン・ローによる「物々交換仮説」が提起される
- 物々交換の成立には「欲求の二重の一致」が不可欠
- しかし、その「一致」の困難性から時代が下るとともに否定される
- 物々交換説に代わる仮説の登場
- 貨幣国定説(クナップ)
- 「信用は貨幣に先立つ」(イネス)
- 宗教起源説(福田徳三)
- 「贈与から経済的な交換取引が生じる」(モース)
- 本稿ではそれらを概観し、説得的かつ妥当である説を議論
- その上で「キャッシュレス化の進展」および「仮想通貨」について議論
貨幣起源説の多様性
- 交換の人類史
- 自給自足経済
- 物々交換経済
- 間接交換経済(貨幣経済)
- 間接交換には、「誰もがその受け渡しを拒まず、全ての財の中でもっとも受容されやすい特定の財」が必要
物々交換仮説(貨幣自生説)
- ある商品と別の商品の交換を仲介するために貨幣が生まれた
- Jevons, W.S.による指摘
- 以下の貨幣なき物々交換に伴う困難が想定される
- 欲求の二重の一致の欠如
- 価値尺度の欠如
- 価値尺度が存在しなければ、あらゆる財をその量によって表現しなければならない
- その場合、財同士の交換に無数の交換比率が発生する
- 貨幣が存在すれば一つの財に対する交換比率はの数が劇的に減少する
- 分割方法の欠如
- コートの一部を切り取り、肉と交換することはできない
- 必要に応じて価値を分割し、分配する手段が必要
- 貨幣は数量で表現されるため、分割可能
- 以下の貨幣なき物々交換に伴う困難が想定される
- Samuelson, P.Aによる指摘
- 物々交換の仲介として、様々なものが「商品貨幣」として扱われた
- しかし、分割方法の欠如などから、やがて金属に限定された
物々交換仮説の否定
- 今日においては、物々交換仮説は完全に否定されている
- Dalton, Georgeによる指摘
- 物々交換自体は決して量的に支配的な取引モデルではなかった
- 現代においても物々交換は生じるが、其の場凌ぎなどの取引にしか用いられない
- Davis, Glynによる指摘
- 物々交換仮説による説明はあまりにも物々交換の不利益を強調する
- 物々交換の明白な欠点よりもずっと重要な要因を排除しがち
- Karimzadi, Shahzavarによる指摘
- 物々交換の時代と定義しうる、その境界は存在しない
- 「存在しない憶測的なモデル」に他ならない
- Wray, L.A.による指摘
- 種族社会における交換は本質的に儀式的なもの
- 共益主義の習慣により、取引者の利益を最大化するのではなく、種族の成員を親しくするよう意図されたもの
- 相対的な諸価格は市場の競争ではなく習慣で決定されていた
- 物々交換仮説は金属が取引費用を減少させる仮定に基づく
- しかし、金属の純度や精巧さが鋳貨で重要視された
- これらの鋳貨費用を鑑みると、牛より貨幣が評価されたと考えることは難しい
- 種族社会における交換は本質的に儀式的なもの
貨幣法制説(貨幣国定説)
- 現代においても、国家の保障なき貨幣は流通困難であることから、重要な一説と言える
- アリストテレスによる指摘
- 共同体を構成する人々の「申し合わせ」によって、貨幣は人為的に創造された
- クナップによる指摘
- 貨幣は金属、紙で創造されていようがその素材は無関係
- その使用を規制する法制にその精髄はある
宗教起源説
- 福田徳三による指摘
- 他人から財の移転を受けると、その人に対し、それだけの債務が発生する
- 一種の瀆れと見たのではないか
- 禊や祓によって瀆う必要がある
- これ位に対して、対価を払うことでその債務を清算する
- 貨幣の引き渡しは、決定的、最終的、無条件的
- ものの引き渡しではそうはならない
- 他人から財の移転を受けると、その人に対し、それだけの債務が発生する
貨幣起源説の精査
- 主な仮説を並べると表のようになる
- 物々交換仮説は否定されており、社会契約説/貨幣国定節は、特定の共同体以前にも貨幣が存在したことを鑑みると、「貨幣の起源」としては否定される
説 | 時代 | 提唱者 | 概要 |
---|---|---|---|
社会契約説 | 古代ギリシャ(前350ごろ) | アリストテレス | 共同体を構成する人々による「申し合わせ」ないし「社会的合意」 |
物々交換仮説 | 18世紀初頭 | ジョン・ロー | 物々交換の困難を克服するために自然発生 |
貨幣国定説 | 20世紀初頭 | クナップ | 法制によって定義された貨幣で交換を行う |
宗教起源説 | 20世紀 | 福田など | 宗教的な負債の清算手段として発生 |
- Quiggin, A.H.による指摘
- 貨幣は「交換の手段」「価値の標準」「富のシンボル」という機能を満たす形態に限定される
- さらに、一般に受容される貨幣は「持ち運びの便宜」「分割の容易性」「耐久性」「認識の容易性」を満たす不可欠の性質を持つ
- 結果として、威厳をもつ、あるいは本質的、宗教的ないし神秘的な長所を持つものが貨幣として扱われる
- アインチヒによる指摘
- 原始貨幣と現代貨幣の違いを説明
- 原始貨幣の条件ないし特徴
- 原始貨幣は近代の貨幣の一部機能しか満たさない
- 原始貨幣は一般に地域・時代・民族によって異なり、形態も様々ん
- 原始貨幣は日常的に使われるものではなく、損害に対する代償支払い、争い・規則違反に対する贖罪など社会秩序安寧・維持に用いられる
- ボラニーによる指摘
- 現代貨幣は「多目的貨幣」
- 原始貨幣は「特定目的貨幣」
- 福田の指摘の精査
- 「時と所の上に置いて制限を受けず価値移転の用具たりうること」
- 上記が一定の経済圏において満たされるものが「貨幣」である
- この指摘をアインチヒ、ボラニーの指摘と併せると、原始貨幣は「貨幣」ではない
貨幣の起源の結論
- 特定目的貨幣であり、民族、地域、時代によって異なるもの
- 宗教的、神秘的な長所を持ち、債務清算(価値移転)の用具として一定の経済圏の中で受容されたもの原始貨幣である
キャッシュレス化の進展
- 貨幣の起源から貨幣の未来を展望する
- キャッシュレス化を経済産業省は目論むが、現状日本におけるキャッシュレス決済の普及は韓国、中国、アメリカなどに大きく下回る
- 背景には、クレジットカード端末設置店舗が少ない
- 導入費用および決済手数料が高い
- 決済端末の操作が煩雑
- ATMが普及しており、消費者の現金志向が高い
- 治安の良さや現金に対する消費者の信頼をベースとする生活習慣
- QRコード決済においてその導入費用や煩雑さは緩和されつつある
- 背景には、クレジットカード端末設置店舗が少ない
- キャッシュレス化の弊害
- 以上をまとめると、キャッシュレス化に伴うマイナス面を考慮した冷静な議論が必要である
仮想通貨の普及と課題
- 仮想通貨がキャッシュレス社会の一翼を担う存在になりうるか
- あまりにもテクニカルな専門用語が飛び交い、枝葉末節まで踏み込んだ議論が展開されている場合が少なくない
- 仮想通貨それ自体が理解することが容易でないものである
- 仮想通貨とは政府や中央銀行による価値の保証のない通貨
- 交換取引所において法定通貨と交換することで入手可能
- 電子データとして存在し、不正防止のために暗号技術を導入
- 複数のコンピュータで記録を共有・相互監視するシステム
- 仮想通貨のメリット・デメリット
- このような状況を受けて、金融庁は2016年に改正資金決済法を成立させた
- 仮想通貨取引所・交換所を登録制に
- 利用者は本人確認が義務付けられる
- 仮想通貨の定義も実施(1号仮想通貨、2号仮想通貨)
- 仮想通貨取引所・交換所を登録制に
- 仮想通貨の未来への疑問
- 一般受容性の欠如
- 現時点では限られた人々にしか受容されていない
- 信用を担保する発行者が存在しない
- 発行はあくまで、インターネット上のシステム
- 「ゲーム」を設計・開発した人々がコインの価値に責任を持たない
- 「信用貨幣」の信用は「発行主体への信用」である
- その不在によって、限りなく幻想に近く、その信用は簡単に失われる
- 仮想通貨価値の不安定性
- 多くの人々は投機目的で購入
- 投機対象の通貨としては価値が不安定
- 一方金融庁によれば「有価証券」ではないので、原則として仮想通貨は投資家保護の対象にならない
- 安価な送金コストの背後にあるリスク
- 既存金融機関はシステムの安全性確保・維持のために手数料を取る
- 仮想通貨ネットワークには脆弱性が潜んでいるため、利用者はリスクの存在を知らなければならない
- 一般受容性の欠如
- まとめ
感想
前半の貨幣論の推移に関しては、かなり興味深く読み進めることができた。物々交換仮説が否定されつつある、ということは聞いていたが、それが実際どのような議論なのか、というのを理解できただけでも収穫があった。また、筆者が現状主張する「宗教起源説」も非常に興味深いと感じた。
その一方で後半の技術的観点に対しては、非常に議論がナイーブと言わざるを得ない。キャッシュレス化の弊害としてデジタルディバイトを挙げているが、それがもたらす経済学的効用などの議論に持ち込むべきなのではないだろうか。そもそもデジタルディバイドに関しては、技術者たちは日々UI/UXの研鑽を続けているだろうし、キャッシュレス化の未来を議論するにはいかさかナイーブに感じる。
その上で、仮想通貨は中央による価値の担保がないため、価値が乱高下するため、通貨たり得ない、と結んでいるが、その議論もナイーブに感じる。そもそも仮想通貨の価値はどのように成立するか、それを技術的、経済的インセンティブから分析するような仕事が、今後求められているのではないだろうか。
また、中央銀行によるコントロールが存在しないことも挙げているが、仮想通貨はそもそもそうしたコントロールがなく、ソフトウェアがコントロールを行う思想の元設計されている、と認識している。その上で、我々が考えるべきなのは、ソフトウェアのガバナンスであり、その運用スキームであると思う。
何れにせよ、本論文著者にとっては技術は専門外であろうので、そうした部分の議論がナイーブさがあれど、一つの貨幣論の推移を辿るには非常に面白く感じた。こうした仮想通貨を経済学的観点から分析・精査する論文も少しずつ読んでいきたい。